飛騨の広葉樹と白川流域の東濃ヒノキ
コラム新たな販路開拓へ向かう 飛騨の広葉樹
岐阜県は森林率が82%、全国2位の森林面積を誇ります。そのことは、多くの県民が知識として知っているはず。例えば、私たちは車で町中を走っているだけでも、季節によって色づく山々を目にしています。遠くの山の頂きが白くなってきたら「冬が来たな」と感じますし、木々がいっせいに芽吹き、もこもこっとした山を見て「新緑の季節だ」と感じることができます。
地元を知らない誰かに、故郷の風景を話す時、私たちはきっと「山があって…」と語るのではないでしょうか。
そんな山を守っているのは、人と森林との共生を探求してきた地域住民らの英知と未来への責任感です。それはSDGsが叫ばれるようになった2015年以降に始まったことではありません。
写真/高原川の清掃活動を行うちんかぶ会の会員ら【2023.5.30岐阜新聞掲載】※チンカブとは、清流魚カジカの別名。
飛騨市の最北端、富山県との県境にある神岡町の自然愛護団体ちんかぶ会は、高原川の清掃活動に始まり、「川の源は山だ」という考えから、1984年には住民が国有林の手入れをする代わりに森の収益を分かち合う「分収造林契約制度」を林野庁と契約。スギ、ヒノキだけでなくブナやナラも植えた混交林をつくり、子どものための体験教室などを開いてきました。また、高原川の流量が安定するようダムの放流量を調節する働きかけも行ってきました。現在、鮎釣りの時期になると住民だけでなく外からやってくる釣り人たちの姿が目立ちます。静かな町で、ずっと源流を守り続けている住民たちがいることを私たちは知っておかなければいけません。
ブナやコメツガなどの原生林を観察する児童ら【2014.6.12岐阜新聞掲載】
森林面積の94%のうち70%を広葉樹林が占める飛騨市。2015年には飛騨市と林業コンサルタント「トビムシ」、デザイナーや職人らの国際的なネットワークを運営する「ロフトワーク」が協働で森林の再生や新たな地域産業の創出を目指す第三セクター「飛騨の森でクマは踊る(ヒダクマ)」を設立。同市古川町の古民家を活用し、3Dプリンターなどデジタル工作機械を使い製品を加工できるFab cafe HIDAを運営。店を訪れた客に、飛騨の広葉樹の魅力を身近に感じてもらうマイ箸づくりなどの体験を提供しています。
また、2020年に飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアムが林業者、木工業者、建築業者、市などで立ち上がり、市地域おこし協力隊員と共に木の切り出しから製材、製品化、販売までの新しい流通網の構築に取り組んでいます。今月にはコンソーシアムが運営する広葉樹専門の製材所が開設されました。これまで大半が安価なチップ用材として流通していた広葉樹ですが、新たな価値を生み出し、広葉樹の魅力を引き出した商品への転換によって、販路の開拓につながると期待が寄せられます。
写真/飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアムが設けた広葉樹専門の製材所【2023.7.19岐阜新聞掲載】
白川流域に広がる 持続可能な森林の活用
銘木「東濃ヒノキ」の産地で知られる中津川市加子母。加子母森林組合は、今から38年前の1985年から、ヒノキがバランスよく林立する山づくり「長期育成循環施策」を目指し、山林所有者の希望を聞きながら持続可能な林業のためのインフラである作業道を整備してきました。そのおかげもあり、地元の木を使った雑貨など様々な商品が誕生。同組合の運営するモクモクセンターで販売されています。
写真/加子母森林組合もくもくセンターで販売される木工雑貨
加子母に加えて、中津川市の付知、川上地域は「裏木曽」と呼ばれヒノキに限らず、古くから良質な木材が育ったことから、江戸時代から尾張藩の保護を受けてきました。そのため、樹齢400年にもなる木々が、現在も大切に管理されています。また、加子母地域内の国有林は「木曽ヒノキ備林」と呼ばれ、伊勢神宮の式年遷宮の御用材などにも使用されており、御用材に選ばれたヒノキは伝統の伐倒技法「三ツ緒伐り」によって切り出されます。木の幹の3方向から斧を入れて、切り倒す伝統的な手法は、裏木曽三ツ緒伐り保存会が受け継いでいます。
同市付知町の付知土建も保存会会員として神事に参加。一般土木建築だけでなく、国有林の維持、管理を担う林業や治山事業も手掛ける会社で、2010年に林野庁のフォレストサポーターズに登録し、森林保全活動も行っています。
写真/伝統的な伐倒技法「三ツ緒伐り」(提供:付知土建)
同じく東濃ヒノキの産地、東白川村では、2003年に県内で初めて世界的な森林認証「森林管理協議会(FSC)」(本部ドイツ)を取得。2007年からは、木材を生産できない場所は広葉樹に戻す取組みを始
めました。ヒノキの生産によって村民生活が潤う反面、「魚の種類が変わった」「水が減った」と環境変化を訴える住民の声に対応し、環境と経済の両立の道を選んだのです。コロナ禍の2020年からは、地
元で林業と製材業を営む山共が、自然のままの山林をキャンプ用に借りられる「森林レンタル」を始め、都市部の観光客に喜ばれています。
写真/レンタルしている森林で、友人たちと料理を囲んで談笑する利用者【2023.5.28岐阜新聞掲載】
2022年は、白川流域の加茂郡白川町、東白川村、中津川市加子母で、森林組合から工務店まで木材を取り扱う事業者がそれぞれの流通段階において、扱う数量や価格をあらかじめ決めておく取組み、県内初の一体的なサプライチェーン「白川ローカルサプライチェーンシステム」を始めました。業界が結束して地域の森林資源を循環利用し、供給不安を解消、産業の成長につなげ、再造林が行える取組みは、森林と人の持続可能につながります。
写真/東濃ヒノキ白川市場【2020.11.29 掲載】
※FSCは欧米を中心に広がった「持続可能な森林経営」を支援する取組み。森林環境を破壊しない、地域社会の利益となる、経済的にも継続が可能などがあります。
木の国・山の国の再興に向けて
岐阜県の森林率82%(86万ha)のうち、68万haが民有林。民有林のうち45%が人工林でその大半はスギやヒノキです。木材が時代の変化とともに市場に出回らなくなり、担い手も減少。管理されなくなった森林は木も土も痩せ、保水力を失い、土砂災害にもつながる。そんな悪循環から、地域の資源を地域で守り、未来に好循環を生み出そうと始まったのが、2004年に県が発表した「森林づくり30年構想」。
①県民の生命財産と環境を守る、健全で豊かな森林づくり(川上対策)②活力ある地域社会を実現する、林業・木材産業の振興(川下対策)③森林づくりを支える、人・仕組みづくり。この三本柱を基本理念に様々な取り組みが始まりました。
2006年には8月8日を「ぎふ山の日」と制定。県民協働で木の国・山の国の復興を目指し、持続可能な森林づくりを明文化しました。
今後、脱炭素社会を目指す上で、森林はさらに必要になります。全国2位の森林率を誇る岐阜県は、CO2の吸収量においても期待できますが、自然の恩恵を受けてばかりではいられません。環境と経済の両輪で、未来を紡いでいくならば、これからは私たち消費者一人ひとりの選択や行動が鍵になります。